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2008/05/08

NYU / Stern (MBAプログラム) Japan Trip 活動レポート

先日紹介しました NYU訪問時に「こういうものがあれば紹介します」とお伝えしたのにお応えいただき、在校生の山崎さんから、以下のような熱い、詳細なレポートとこのイベントに込めた想いを送っていただきましたので紹介いたします。

NYU Sternの山崎です。 先日はお忙しい中、貴重なお話を頂き誠に有難うございました。
受験生時代を振り返り、改めて身の引き締まる思いがしたとともに、当校の(特に日本人受験生に対しての)マーケティング戦略に関するヒントを頂戴し、大変、有意義な場でした。(実際、先日のお話を参考に、近々、日本人受験生向けのビデオメッセージ(座談会のような感じ)を作成する予定です。)

別添ファイルは、Japan Trekに関するレポートです。急ぎ作成したものですが、準備段階も含め、大まかに何が起こっていたかは把握頂けると思います。また、お会いできる日を楽しみにしております。

2008年4月18日
NYU Stern Japan Trek 2008 レポート
文責:山崎洋一(Class of 2009)

1. Japan Trekの変遷
 NYU Stern Japan Trekは、日本人学生の多かった90年代初頭までは毎年行われていたが、同年代半ば、日本人学生の激減に伴い一旦中断。2005年、Class of 2005の楢原氏がJapan Trekを再開。その後、当校Japan Trekは年々規模を拡大し、2006年には約80名、2007年には約120名、そして2008年には160名が参加。 今日、Japan Trekは、Japan Business Association(JBA、日本人及び日本に関心のある学生で構成されるStern内の学生クラブ)の活動において、いやStern全体の中で、最大規模のイベントとなっている。

2.Japan Trekの特徴
 トップスクールと呼ばれるビジネススクールの多くが同様の日本研修旅行を実施しており、その内容も、東京・京都・大阪を中心とし、企業訪問と観光の両方の側面を有している点で類似している。参加人数は各校でまちまちだが、当校Japan Trekのように百数十名が参加する大規模なものも数校(ハーバード、ウォートン、MIT等)が実施している模様。

本年参加者の内訳は以下のとおりである(日本人オーガナイザーを含んだ数字)。
一年生 二年生 パートタイム パートナー 合計
131名 3名 7名 19名 160名

参加人数を含めた客観的データから、当校Japan Trekの特徴として以下が挙げられる。
a) 参加者の大数がフルタイム一年生及びそのパートナーで構成されており、一年生のイベントという色彩が濃い。また、日本人オーガナイザーも一年生が担当することが慣例となっている。

b) 一学年(Class of 2009)の総数が433名であるため、実に三分の一近くの一年生がJapan Trekに参加したことになる。先述の大規模Trek実施校は、学生の総数自体が大きいため(2倍以上)、当校におけるJapan Trekのシェアは、他校と比較すると極めて高いと言える。

c) なお、Japan Trekへの参加を申し込んだ人数は、パートナーを含めて200名超。飛行機等のキャパシティの都合上、160人に制限したが、実に一年生の半数近くがJapan Trekへの参加を希望したことになる。

d) もう一つの特徴として、日本人オーガナイザーの人数が挙げられる。他の大規模Trek実施校で は、十数名の日本人が引率することが一般的だが、当校の場合、昨年は僅か6名、本年は4名である。おそらく、オーガナイザー一人当たりの参加人数は、他校比で圧倒的に高い数字となる。

3.Japan Trek拡大の背景・成功の理由
 当校Japan Trekが、90年代の中断期を経て、今や当校FacultyからStaffまで校内で知らない者はいないほどのシンボリック・イベントに発展した理由として、以下が考えられる。
a) 過去の成功
最大の理由は、過去のJapan Trekの評判が非常に良かったことにある。昨年(2007年)のJapan Trekも、本年のそれと同様、参加者の中心は当時の一年生(現二年生)であったが、二年生と一年生は、クラブ活動やBeer Blast(毎週末に開催されるパーティ)を通して、交流・情報交換を行う。ここで、一年生は、二年生から「去年のJapan Trekは楽しかった・最高だった」という話を聞き、Japan Trekに興味を持つものと考えられる。Japan Trekをはじめとする海外Trekは、Spring Breakに同時に開催されるが、学生にとっては、非常に貴重なSpring Breakの丸々10日間を、二十数万円というコストを払って、どこか一カ国で過ごすことを選択することになる。であれば、過去の実績があり、より確実に楽しめそうなTrekを選択することは、極めて合理的な選択と考えられる。つまり、当校内では、Japan Trekという一種のブランドが確立されており、口コミ(Word of Mouth)によるマーケティング戦略が功を奏していると言える。

b) 日本文化ブーム
特にニューヨークとう土地柄もあり、日本食を中心とした日本文化への関心が高いことも理由の一つと考えられる。

c) ネットワーク外部性
加えて、Japan Trekのような数日間泊り込みの長期のイベントの場合、学生には「仲がいい友達が参加するなら参加したい(逆もまた然り)」というモチベーションが存在する。従って、海外Trekは、パソコンのOSやゲーム機のように、顧客(=参加学生)の数・シェア自体が顧客にとっての価値を生み、さらにシェアを高めるというネットワーク外部性が存在するものと想定される。この場合、一定のシェアをとったTrekが加速度的にシェアを拡大する訳だが、事実、当校では、Japan Trekの人気に押され、中国及びインドTrekの参加者が足りず、中止に追い込まれてしまった。

拡大・成功の理由として上記のとおり三点ほどを挙げたが、最も重要なものは、やはり先輩方が築いたブランドとレピュテーションである。これらを無くして、これ程の人数を集めることは到底不可能だった。また、後述するノウハウの蓄積・伝承という点でも、先輩方の経験及びサポートなくして、本年Japan Trekの成功はあり得なかった。即ち、Japan Trekの成功の要因は、横の(各年度のオーガナイザー間の)チームワークのみならず、縦の(各世代間の)チームワークが不可欠と考えられる。

4. 準備プロセス
a) 準備プロセス概容
Japan Trekの準備は、前年10月末よりJapan Trek直前(3月中旬)まで、実に5ヶ月間にも及んだ。まずは、11月中旬に説明会を実施。その後、参加者を募集。年内までにDeposit$500ドルを支払ってもらい参加者を確定。1月末に参加者を集め、説明会。この時点で、粗方のスケジュールや訪問企業が確定している。さらにJapan Trek直前の3月上旬にPre-Departure Meeting。Survival Boot Campと称して、日本での生活の仕方(タクシーの乗り方や名刺交換の方法)から簡単な日本語講座を実施。以上が、大まかな準備プロセスの流れである。

b) 参加人数をめぐる議論
日本人オーガナイザー間で最も議論となったのが参加人数である。11月中旬の説明会後、予想を上回る応募(200名超)があった。しかし、オーガナイザーの数は、前年の6名に対し、本年は4名。前年の120名を上回る参加者をオーガナイズできるか、事故防止や移動、ホテル、企業訪問のキャパシティ等の観点から何度も議論を重ねた。結局、事故防止だけは、いくら議論しても不安を拭えなかったが、最後は「一人でも多くの人に日本を知ってもらいたい」という情熱が勝り、前年比40名増の160人を日本に連れて行くことにした。(なお、これ以上の人数は、移動等の物理的な制約があり不可能だった。)

c) グルーピング等の参加者対応
参加者の問い合わせ窓口は、Japan Trek総責任者のAが担当。とにかく160名が相手ゆえ、四六時中、メールの対応に追われたようだ。「Trekに参加できなくなったので、Depositを返して欲しい(ちなみに、Non-refundableである旨、事前に、はっきりアナウンスしている)」といったものから「パートナーがロスに住んでいるので、別の飛行機を用意して欲しい」といったものまで、ありとあらゆる問い合わせが殺到。さらに、時間を要したのがグルーピング。Oが担当。具体的には、ホテルの部屋割り、バスや飛行機の割り当て等。事前に誰と一緒に泊まりたいか、一緒のグループになりたいか、アンケートをとったが、飛行機は三台、バスは四台、大津の旅館以外のホテルはツイン、大津の旅館は五人部屋である上、直前になって、参加者の変更も出たため、調整にかなりの時間を要した。

d) 企業訪問
筆者が担当。本年は、トヨタ、ソニー、メリルリンチ及び三井不動産を訪問。企業によって、どうしても反応の早さはまちまち。日程の調整に苦労した。さらに、東京の三社は、少なくとも一社に参加する、という仕組みにしたが、参加者から、「やっぱりA社ではなく、B社に行きたい」、「Cさんと付き合ってるから、一緒に訪問したい」といった要望のメールの対応に追われた。

e) 説明会の準備
オーガナイザーが持ち回りでプレゼンを実施。特に、Rが行った直前の説明会の日本語講座が大好評。とにかく、準備には、オーガナイザーの人数が少ないこともあり、膨大な作業量だった(例えば、旅行代理店の選定、Depositの小切手集め、宴会の準備、景品の買出し、Japan TrekのTシャツ作り、説明会の資料作成、旅行のしおりや旅程の作成等々、とても説明し切れない)。しかし、二年生から、経験談や前回使用した資料等をもらい、大幅に準備が効率化できたことは間違いない。もし、過去のノウハウの蓄積がなければ、本年のJapan Trekは失敗に終わっていたか、オーガナイザーの成績が大幅に下がるか、のいずれかが起こっていたはずである。

5. Japan Trek本番
Day 1 (NYから日本へ)
 学校の保険が飛行機一台につき最大50名しか効かないため、三台の飛行機に別れて日本に向かう。筆者が担当するアメリカン航空の出発が三時間ほど遅延した以外、特にトラブル無し。さすがに、遅刻者・欠席者はいなかった。

Day 2 (東京初日)
 翌日の夕方(日本時間)、全員が無事、成田に到着。一部、NY以外の空港から日本に向かった参加者との合流に手間取るも、全員がバスでホテルに向かった。
 チェックイン後、ホテル近くのワタミを借り切ってWelcomeパーティ。キムチ鍋が好評。お酒が飛ぶように無くなっていく。その後、半数以上がタクシーで六本木のクラブ等に移動して二次会に突入。まだ、初日とあって皆、元気があり余っている模様。ワタミのある赤坂から六本木までの移送が大変。皆、どこに行っていいか分からない上、お酒も入っているため、ワタミの前に留まってしまう。一人ひとりに声をかけ、何とか希望者全員をタクシーに乗せる。

Day 3 (東京バス観光)
 この日の午前中は、バスで都内観光。明治神宮、浅草、皇居とお決まりの観光スポットを四台のバスに分かれて回る。いずれも好評。迷子になる者もおらず順調。午後は、Mini Trekと称して、各日本人オーガナイザーが原宿、銀座、秋葉原、東京ドーム(野球のオープン戦観戦)に連れて行く(筆者は秋葉原担当)。オープン戦は、スコアレス・ドローの退屈な試合(通にとっては白熱した投手戦)だったが、外国人にとってはドーム球場が珍しいらしく好評だったらしい。夜は、各自、自由にディナー。筆者は数人の学生を連れてホテル近くの蕎麦屋へ。この日も一部の学生は六本木のクラブに繰り出したらしい。

Day 4 (築地、オプショナル・ツアー、屋形船)
 希望者は、朝4時30分にロビーに集合し築地市場へ。この時間帯まで外で飲んでそのまま築地に向かうツワモノもいた。マグロのセリの見学後、場内の寿司屋に移動。筆者にとっても築地訪問は初めてだったが、とにかく寿司が新鮮で美味。寿司にうるさいニューヨーカー達も大満足。
 その後、日本人以外の殆どの学生はオプショナル・ツアー(日光又は箱根)へ。オプショナル・ツアーは旅行会社に任せてあるため、日本人にとっては、夜の屋形船まで自由時間。しかし、Aと筆者は、宴会のための買出し及び温泉旅館の宴会パフォーマンスの練習のため、休む暇無し。
 夜は、ホテルからバスで屋形船に移動。この頃になると、参加者の緊張感が緩んできて徐々にコントロールが効かなくなる。全員を事前に割り当てたバスに乗せるのに一苦労。さらに、屋形船の座席も一部ベジタリアン等のために事前に座席を指定していたが、結局、収拾がつかず、バラバラに座ってしまい大混乱。しかし、船上カラオケ大会は大盛況。盛り上がり過ぎて、後半に出てきた天ぷらが殆ど余っていた。勿体無い。外の景色を楽しんだ者が何人いたことか。ちなみに、その後、筆者は船上だけでは歌い足らず、クラスメート十数名を連れてホテル近くのカラオケボックスへ。

Day 5 (企業訪問・アラムナイパーティ)
 前日までのドンちゃん騒ぎから打って変わって、この日は終日、企業訪問。
■三井不動産
 午前中は、不動産証券化のプレゼンテーションを聞いた後、東京ミッドタウンを見学。午後は、大室副社長とのQ&Aセッション。三社の中では、国際的知名度ではやや劣るため、企業訪問担当の筆者は、少々心配していた。しかし、当校は不動産に関心が高い学生が多く、また、先方も非常に親身に対応してくれたため、非常に好評。
■ソニー
 最も参加希望者が多かったのがソニー。60名ずつ2グループに分かれてショールーム・ツアーに参加。ホテルからソニー本社のある品川まで、二回乗り換えねばならず、60名を一人で引率したため、非常に苦労する(全員が一度に一つの電車に乗れなかったり、途中でお手洗いに行く者がいたり)。とにかく、ソニーに限らず、外国人数十人の引率は大変。「あれは何」、「トイレはどこ」、「ゴミ箱はどこ」・・・四六時中、質問攻め。日本人だからといって、日本中のトイレの位置を把握している訳ではない。
 ソニーは、先方の都合で、プレゼンテーションは無く、ショールーム・ツアーのみ。ショー・ルームは、さすがソニーという感じで、楽しませながら、ソニーの先端技術を見せ付けるよううまく出来ている。
■メリルリンチ
 社長及びM&Aのヘッドがプレゼン。さすがにプレゼンのプロとあって秀逸。個人的には、最も勉強になった。

 企業訪問の後、日本在住アラムナイとの交流会。100名以上が参加を希望していたのだが、会場のキャパシティの都合で、事前に80名に制限。ところが、当日になって20名近く欠席者が出るというハプニング発生。外国人にとっては、単なるパーティなんだから無理して参加する必要は無いという感覚だったと思われるが、オーガナイザーとしては、参加したくても参加できなかった者がいるわけだし、アラムナイの方々にとっては、限られた予算の中で本パーティの費用は負担頂いていることもあり、何より年に一度の在校生との交流の機会とあって、全員に来て欲しかった。このあたりの参加者のコントロールの仕方、情報の伝え方が非常に難しい。

Day 6 (東京から豊田、大津へ)
 午前5時45分、ロビーに集合。想像通り数名遅刻するも、少しゆとりをもって集合時間を設定していたため、新幹線には間に合う。懸念していたのは、非常に短い新幹線の停車時間の中で、160人全員が降車できるか否か。到着10分程前から旅行会社の人とともに、寝ている者を起こし、降りる準備をするよう言って回る。努力のかいあってか、全員、新幹線下車に成功。
 その後、名古屋駅からバスでトヨタに向かう。訪問の内容は、ショールーム見学、プレゼンテーション及び工場見学。さすがトヨタ。ベジタリアン用のお弁当の配置まで完璧で、ハイクオリティなオペレーションの高さをここでも見せつけられる(但し、味はいまいち)。Q&Aの時間がやや短く、若干消化不良の感もあったが、トヨタ訪問も概ね好評。
 さらにバスで大津の温泉旅館に移動。バスの中で温泉の入り方をレクチャー(湯船に入る前に体を洗え、タオルを湯船につけるな等)。
 旅館到着後、皆、温泉に直行。そして宴会へ。小一時間、飲み食いした後、ゲーム(二人がストッキングをかぶって引っ張り合うゲーム等)を実施。会場の興奮が高まったところで、追い討ちをかけるようにAと筆者のパフォーマンス=ピンクレディーの物まね(歌、踊り、+衣装・化粧)。この瞬間、Aと筆者は校内で最も有名な学生となった。パフォーマンス後は写真撮影の嵐。
 宴会後、100人超が同旅館内のバーへ(Aと筆者はピンクレディーのまま)。人数が多すぎてホテル側の代金請求が追いつかず、まとめて日本人オーガナイザーに請求されるトラブル発生。翌日、バスの中などで、参加者からお金を集めるも、当然、全員はっきり覚えていないため一苦労。

Day 7 (大津から京都へ)
 この日はバスで大津から京都へ移動。午前9時30分集合と比較的ゆったりしたスケジュール。京都到着後、そのままバスで二条城、清水寺、金閣寺を観光。やはり京都は外国人にとって大好評。夜は各自でディナーをとる。筆者は10名ほどを連れて先斗町へ。一部学生は京都内のクラブへ。

Day 8 (西日本オプショナル・ツアー)
 この日はオプショナル・ツアー(奈良又は広島)。午前中、一部参加者は芸者の化粧・着付けに挑戦。筆者は広島へ。バスガイドが、親戚の被爆体験の話をしてくれ、大変、意義深かった。宮島観光は好評。
 この頃になると、「刺身は飽きた」、「そろそろ肉をしっかり食べたい」という不満の声を多く聞くようになる。筆者は、一部参加者の要望に応え、10数名を連れて京都内のしゃぶしゃぶ屋へ。京都のレストランは全般的にラストオーダーが早く、広島から9時過ぎに帰京した筆者はしゃぶしゃぶ屋を見つけるのにやや手間取る。

Day 9 (京都から大阪へ、そしてFarewell Party)
 バスで京都から大阪へ移動。大阪城見学後、心斎橋付近で自由行動。お好み焼きとたこ焼きに挑戦。いずれも大好評。お好み焼きはトッピングを選択でき、ベジタリアンとも一緒に食べられるため、非常に便利だと感じた。その後、相撲を見学。直前に配った相撲チケットを無くす者が出る等のトラブルが発生するも、なんとか全員が大阪のホテルに辿り着く。
 そして、Japan Trek最後の夜の宴へ。ここでも、ベジタリアン対応に小一時間かかる。殆ど食べないうちにカラオケ大会・飲み大会に突入。途中、参加者から日本人オーガナイザー四名に寄せ書きが送られる。これは一生の宝物。その後、日本人オーガナイザーが一人ひとりスピーチ。会場から割れんばかりの拍手。これまで苦労してきて良かったと思った瞬間。これほど多くの人に、これほど感謝されることが、この先あるのだろうか。(しかし、オーガナイザーRは酔っ払って寄せ書きを紛失。)
 宴会後、近くのクラブで二次会。しかし、筆者は飲み過ぎてこの先の記憶が残っていない。

Day 10 (移動・移動・移動)
 この日は、ホテル→伊丹空港→羽田空港→成田空港という移動の日。出発時間を過ぎてもロビーに下りてこない者が数名。部屋までわざわざ起こしに行くと、下着一枚で出てきた。皆を待たせているのに誤りもしない。この辺の感覚は日本人の筆者には理解できない。

Day 11 (NY到着)
 Trek中、パスポートやらデジカメやらの紛失が数件発生し、若干の経済的損失はあったものの、全員無事故でNYに到着。あっという間の11日間は静かに幕を閉じた。

6. 筆者(日本人学生)にとってのJapan Trekの意義と効用
 恥ずかしながら、筆者は、英語力の問題もあり、お世辞にも校内で目立つ存在ではなかった。しかし、Japan Trekでは、日本というホームグラウンドで、日本文化というレバレッジを使って、リーダーシップを発揮する機会を得た。そして、11日間のJapan Trekの中で、真の友人と呼べる人たちを数多くつくることが出来た。後日、International Passport Dayという留学生が各国の文化を紹介する校内イベントがあったが、Japan Trek参加者に同イベントの紹介のメールを送ったところ、多くの参加者が駆けつけてくれた。Japan Trekによって、多くの「同級生」が「仲間」になった。これは、今後の留学生活における、いや、その後の将来を通しての貴重なアセットだ。

 また、160名近くの外国人が、日本の文化やビジネスに知り、そして楽しんでくれたことは、とりわけMBA留学が初めての海外生活という純粋ドメスティックな筆者にとって、何ものにも変えがたい喜びである。

Japan Trekは、筆者にとって留学生活最高の、いや、人生最高の思い出となった。
最後に、このような素晴らしい経験を筆者に与えてくれた、Japan Trekの日本人オーガナイザーの仲間達、若干の遅刻を除けば非常にサポーティブだったTrek参加者、JBAを支援して下さったスポンサー企業及びアラムナイ、企業訪問を受け入れてくださった企業、そして、Japan Trekの伝統・ノウハウ・ブランドを築き上げてきたSternの先輩方に記して感謝したい。

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